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海の向こうで暮らしてみれば

日々の小さな発見や初めての育児、ワンコのことをゆっくりつづります。

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空へ


静かに雨の降り注ぐ午後お婆ちゃんが旅立ちました。



最後まで本当に家族思いの優しいお婆ちゃんでした。




 亡くなる数日前に様態が急変して、子供たちを集めたお婆ちゃん。その翌日には酸素マスクを付けたまま目を覚まし、何かを喋ろうとしたそうです。


 お婆ちゃんが息を引き取った5分後にマミーが到着し、その後兄弟が集まったそうです。お婆ちゃんは静かに1人で旅立ちました。



 
私がお婆ちゃんに初めて会ったのはN氏とお付き合いをして数か月後のある日でした。その日はお婆ちゃんの70歳の誕生日を祝うためにたくさんの家族が家庭的なお庭の綺麗なレストランに集まりました。お婆ちゃんは長いテーブルの一番奥に静かに座って、皆が話す様子をにこにこしながら聞いて時々相槌をうっていました。


食事が終わるころ親戚の叔父さんの一人が私に歌を日本語で歌ってくれ~!とリクエストされ、ハッピーバースデーを日本語で歌いました。


午後の日差しも傾きかけた頃、会がお開きになり私はN氏と共に皆にさようならのビズをして回りました。お婆ちゃんに「今日はありがとう。」と言ってビズをすると、彼女はその綺麗な瞳で私を見つめにこにこしながら言いました。


「次回はあなたの結婚式で会いましょうね!」




お婆ちゃんの隣に居たマミーは大慌てで皆に聞こえる程の大きな声で言いました。

「彼女は言葉がまだあまり解らないから、母さんの言ったことの意味は解らなかったわよ~!」

その場にいた皆がお婆ちゃんを見て優しく微笑んでいました。


まだ結婚するなどと本人も決めていなかったその日にお婆ちゃんが言った言葉には皆が驚きました。この日のこの一言を言ったお婆ちゃんの優しい笑顔が今でも目に焼き付いています。




毎年4月のN氏の誕生日には必ずメッセージカードと小切手を送ってくれるお婆ちゃんでした。それにはお婆ちゃんなりの意味がありました。


お爺ちゃんが生きていた時。子供たちや孫たちにお小遣いをあげたかったお婆ちゃん。でもお爺ちゃんは財布のひもが固い人だったそうで、そんなことは出来なかった。

お爺ちゃんが亡くなってからはお婆ちゃんは毎月誰かしらに小切手を送ることになります。それもそのはず、子供5人とその配偶者、孫12人の全員に毎年欠かさずお誕生日に小切手を送っていたんです。


タンタンが生まれた時にはもう何人めかのひ孫なのに車で1時間の距離を息子に頼んで病院まで駆けつけてくれました。そしてタンタンを抱き、「大きな子だねぇ。髪の毛の多い赤ちゃんね~。」と静かに囁いていました。



                  SAM_0555.jpg

この写真はジュジュがまだ赤ちゃんだった時に(まだ2か月のジュジュです。大きな赤ちゃんでした。)お婆ちゃんが「最近腕の力がないから、抱っこできるかな?」と言いながら抱っこしてくれた日の写真。



お空でお爺ちゃんや兄弟、たくさんの家族に会えますように。たくさんの愛を私たちにくれてありがとう。たくさんのビズを送ります。


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プロフィール

tintinmaman

Author:tintinmaman
タンタンママです。フランス菓子を勉強するために渡仏。フランス・リヨンの郊外での生活も15年目突入。パティシエを続けながら、同職の夫と2人の息子たちとのんびり生活中。

夫→普段は物静かな人。しかし怒らせると手が付けられない典型的なラテン男。こだわる事については完璧主義な働き者。

タンタン→長男・2008年5月4日生まれ。サッカー好きなおしゃべり9歳児。

ジュジュ→次男・2013年8月21日生まれ。お兄ちゃんと同じ4000gで生まれたビックな赤ちゃん。年中さん。

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